『灰色の慟哭』

著・みやこのありす





   俺は一体何者なんだ?
   どこへ行けばいい?
   ただひたすらに自分の居場所を求め、存在理由を求め、
   孤独とともに生きていく。
   一体何を探しているのか。
   それは光なのか。
   生きていく証なのか。
   俺は一体誰なのか?





 パザック西部、通称、「幻惑の森」。
 ティリスとリュートはその森に迷い込んでしまっていた。

「どうしよう〜リュート〜」
「何が?」
「だって私たち入ったらいけないって言われてた森に来ちゃったんじゃないの?」
「……そうみたいだな」

 慌てふためく連れの言葉にも、リュートはさして動じない。それどころか、落ち着き払って彼女があたふたとしている様子を黙って見ている。おそらく内心は楽しんでいるのに違いない。

「もう〜!リュートったらなんでそんなに落ち着いていられるのよ!」

 ティリスは地団太を踏みながらもスタスタ先を歩くリュートに付いて行く。大股で歩く彼にしては足並みが遅いのは、彼女が追いつけるようにそれとわからぬように気遣っているからだ。

 暗い、鬱蒼とした森の中を奥へ奥へと二人は進む。どこからともなにし、鳥の鳴き声や獣の呻き声が聞こえる。この深い森には一体どんな生き物が潜んでいるのか、予想もつかない。ただティリスは最後に立ち寄った村で言われた言葉が気になっていつもならなんてことない森の喧騒に怯えていた。あちこちから聞こえてくるごく普通の鳥の鳴き声にもびくりと肩を震わせ、その度に歩みを止めるのでさすがのリュートもため息を吐きながら彼女が来るのを少し先で待つしかない。

「ねぇ?この森何か変なのがいそうじゃない?」

 追いついて不安そうに見上げてくるティリスに、リュートは素っ気無く「気のせいだ」と言う。そんな堂堂巡りを繰返しながら、いよいよ日も暮れて夜の闇が辺りを包み出したので、大木の傍で二人は火を起こすことにした。

「ああ、またこんなところで野宿することになるなんて〜」(ヒトリノ夜参照)

 ティリスがブーブー文句をたれている間にリュートは手際よく火を起こし、食事の準備を始める。野外なので粗末なものになったが、それでも二人はいつ魔物が襲ってくるかどうかわからないのでしっかり食事を摂った。

 月明かりさえもない深遠の闇に、二人の姿が浮かび上がる。
 辺りはいつのまにか静かになっていた。

「ねぇ、リュート。この森いつになったら抜けられるの?」
「さあな。地図にはかなり縮尺して書かれているようだ。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
(言わないほうがいいだろうな。これ以上無駄な不安に浸らせるより……)

 リュートはティリスには見られないように地図を丸めた。

「気になるのに…ま、いいか。それよりリュート、今日は私が先に寝てもいい?」
「ああ?先にとは言わずずっと寝ててもいいがな。どうせ起きんだろうし」
「もうリュートったら!私だって起きられるわよ、起きようと思ったら!ただ今日はずっと気をはってたから……」
「まあいい。適当に寝てろ。月もないし、お前が起きたら交代することにしよう」
「もう!全然信用してないんだから!」

 そう怒鳴りながらも、ティリスは次の瞬間にはもうあくびをしていた。そして大木にもたれながらこくこくと頭を揺らし、しばらくしてからスースーと小さな寝息を立て始めた。

「おやすみ、ティリス」

 そんな様子を薄く微笑みを浮かべて、リュートは額に口付けをした。

「ううん、リュート〜」

 時折、そんな寝言を言うティリスを起こさぬように気を使いながら薪を代える。

 暗い森の中の夜の闇に、何もかもが染まろうとしていた。





   僕は生まれてきてよかったの?
   どうして僕は生まれたの?
   生きていることなんて何も楽しくない。
   こうして暗い牢屋に鎖でつながれて、僕は一生暮らしていくの?
   外には何があるの?
   わからない。
   どうして僕は生まれたの?
   どうして僕は……。

   『お前は人間じゃないからな』

   じゃあ僕は何?
   僕は一体誰なの?

   『お前は魔族でもない。魔族にもなれない』

   じゃあどこへ行けばいいの?
   僕は何?
   深遠の闇の中に心は閉ざされる。
   奥へ、奥へ、奥深くへ。

   『お前は一生孤独に暮らすのだ』

   孤独ってなに?
   孤独って……そうか、僕は一人なんだ……。
   僕がみんなと違うから……。
   僕は存在してはいけないものだから。

   『混沌(カオス)は世界にひずみを産み出す』

   お前のせいで誰かが死ぬんだ。

   「姉さん……父さん……」

   知らない人のはずの顔をなぜが浮かんでくる。
   あれは誰?

   消えろ。消えてしまえ。

   誰かがそう命じる。
   そう僕がいるせいで……。
   深い闇が心に巣食う。
   光の届かぬ永遠の闇。

   一筋の光が僕を照らす。
   君は誰?

   「あなた…だぁれ?」

   きらきらと煌く輝く太陽。

   「さみしくないの…?」

   さみしい…それは何?
   ああ、でも知ってる。そう。さみしいんだ、僕は。
   暗い闇の中からもれてくる一筋の光に手を伸ばす。
   あたたかいぬくもり。
   まぶしいまでの輝きに一瞬、僕(俺)は目を瞑った。



「リュート!」

「……っ!」

 突然跳ね起きたリュートに、起こしたティリスは驚いて揺さぶっていた手を空に浮かせたまま固まってしまう。

「どうかしたの…リュート?」
「いや……」

 髪を掻きあげながらリュートは嘆息した。

(夢か……)

「それよりまだ暗いな。よく起きたな」

 自分はすっかり寝入ってしまっていたというのに、リュートはティリスに意地悪く訊ねた。
 彼女はそれにふくれながらも素直に答える。

「なんか変な夢見ちゃって。よく覚えてないけどすっごい嫌な夢。だから無理やり起きちゃった。なんだかもう眠りたくないし、リュートの寝顔でも堪能――って、じゃなくて、番を変わろうかなって思ってたんだけど、リュートなんかうなされてるみたいだったから…リュートも嫌な夢を見たの?」
「……さあな」
「ひっどーい。私はちゃんとばらしたのにー!」

 ティリスはむうと頬を膨らませ、プイとあっちをむいてしまう。
 フっとリュートはかすかに笑う。

(無理やり起きたか……)

 自分には到底無理だろうなと自嘲しながら、まだあさっての方向を見ている彼女の髪に指を絡めた。

「ティリス」
「何?」

 冷たい彼女の声音に、クスリと笑みをもらすと絡めた髪に口を付けた。

『ありがとう』

 声には出さぬ呟きをもらして。



 ティリスたちはあれから結局一睡もしなかった。リュートは地図を片手に、朝がきてから進むべき方向を思案していた。もちろん、これ以上この森に長居するつもりはない。

 その地図にはこう書かれていた。

『幻惑の森。危険。入ったものは夢に囚われ、帰ってこない。そのためこの地図にはこの森の詳細は記載できず』



 END




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著者コメント

 コメント? ありません。書き逃げでお願いします(脱兎)。


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原作者コメント

 これは、元々ありす嬢のお友達がリクエストしたものを、そのまま頂いちゃいました
 同じ小説でも、颯矢ちゃんとはまた文章の書き方が違いますね。
 それにしても、小説を書いてくれた二人共が、ティリスを独り占めしているリュートが大嫌いなくせに(汗)、原作以上にラブラブな小説を書くのはどうしてでしょう?
 私は嬉しいですけどね(笑)。
 しかもありすちゃん! KISSシーン2回も書いてるし!!(額と髪だけど)
 最後の髪にキスは、かなり萌えです(笑)。


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