『雪の花』

著・観月らん


■キーワード1「雪」+キーワード3「花」





「短い間だったけど、この国ともお別れね」

 神殿の一室で、旅支度をしながら呟いた。

 ここは、大陸の半分以上が雪に包まれた、宗教国家グラジオラス皇国。
 教皇が治めるこの国は、世界各地から多くの神官が修業・巡礼に訪れる。
 あたしがこの地に足を踏み入れたのは3ヶ月ほど前。一緒に旅をしていたリュートが、黙ってあたしの元を去った直後のことだった。

 3ヶ月前、リュートがなぜ、あたしを置いていったのか。取り残された悲しみの中で考えた。考えて考えて考え抜いて……そして、この国で修業することを思い至った。
 それまでのあたしは、リュートに助けられ、守られるばかりだった。常に戦いに身を置かなければいけないリュートが、そんなあたしを置いていっても当然のことだと思えた。
 だから、もっと……リュートの役に立てるくらい、もっと強い力を手に入れるために、あたしはここに来たんだ。

 そして今日、ここでの修業期間を終えて、あたしは旅立つ。この世界のどこかにいる、愛しい人を探しに。

「ティリス殿。やはり、行ってしまうのですか?」

 旅支度を済ませて部屋を出ると、一人の青年が声をかけてきた。
 彼はここの神殿騎士の一人。あたしが神殿の生活にまだ慣れない頃、色々と気にかけてくれて仲良くなった。

「女性の一人旅は、ただでさえ危険なんです。せめて雪解けの季節を待てばよろしいのに……」
「心配してくれてありがとう。でも、そんなに待ってられないわ。早く逢いたい人がいるの!」

 気遣わしげな瞳をする彼に、あっけらかんと言い放った。
 そんなあたしを見て、彼は諦めたように苦笑する。

「神官戦士から大神官への転職もあまり例のないことですが……こんなに早く転職の修業を終えられたのも、貴女くらいですよ。大神官ティリス殿。それほどまでに逢いたい人なのですね」

 そう言いながら、懐から小さな袋をあたしに差し出した。

「これは……?」

 差し出された袋を開けると、見慣れない小さな実のようなものが入っている。
 不思議そうに彼の顔と袋の中身を交互に見ていると、彼は穏やかに口を開いた。

「『スノードロップ』……別名『雪の花』という花の球根です。花言葉は『希望』といいます。どうか、旅のお守りにしてください」
「へぇ、素敵! 花言葉に詳しいのね」
「私はカトレア王国の出身ですから。カトレアには花言葉を添えて花を贈る風習があるのです」
「カトレア王国……」

 カトレアは、たしかここから西……アストロア大陸にある国のひとつだ。パザック大陸で育ったあたしにとっては地図でしか知らないはずの国。
 けれど、不思議と懐かしい響きがした……。

「この花言葉のように、貴女の旅が『希望』の光に包まれますように……」

 祈るような彼の言葉に、あたしは笑顔で応える。

「どうもありがとう! 大切にするわ。……じゃあ、行くね!」

 彼のくれたお守りを受け取って、あたしは、はやる気持ちそのままに駆け出した。花言葉が示す『希望』の光を信じて。

 そして、あたしの姿を見送ったあと、彼は一人ポツリとつぶやく。

「雪の花には、もう一つ花言葉があるのですよ。『初恋』と……」

 花にこめられた彼の淡い想いに、あたしが気づくことはなかった……。



 END





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著者・観月のコメント

 ティリス、いきなり大神官に転職!? しかもリュートと別れてるし!

 ……な、衝撃の展開。実は本編のネタバレです。
 このお話自体は「口説き文句バトン」が回ってきたとき、キーワードを絡めた、もしくは連想させる口説き文句と共に考えたエピソード。その第1弾。
 キーワードは「雪」と「花」を組み合わせて作りました。
 口説き文句は太字になってる台詞ですよ。
 本当はメインキャラカップリングで書きたかったけど、このキーワードじゃ思いつかなかったんです。
 ……というわけで、急遽出てきた名無しの神殿騎士青年。
 どうせ脇キャラだし、このさい読者に自由に想像してもらおうと、彼の外見描写はいっさいしませんでした。
 しかもティリスには自分の想いを気づいてもらえない、気の毒なキャラ。

 それにしても、スノードロップのネタが好きね、私は。
 スノードロップの花言葉『希望』は投稿作でも使ったことがありますよ。

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