『太陽の笑顔』

著・観月らん


■キーワード6「無」+キーワード7「光」
「光」→ライラ





 恐れるものなど何も無かった。
 魔族として生まれ過ごした自分の人生に、多少の不自由はあっても、嘆き後悔することなど無かった。
 魔族は常に人間から畏怖される存在。
 それを悲観したことも無かった。力の弱い人間など、魔族の俺にとって取るに足らないものだったからだ。

 お前は、そんな俺のすべてを変えた。
 魔族を恐れるはずの人間が、俺に恐れなかったのはお前だけ。
 取るに足らない人間に対して、俺が恐れを抱いたのもお前だけ。
 愛することの光と闇を、俺に教えてくれたのは、この世でお前だけなんだ……。





「ライラ、どうした?」

 それは、のどかな村にある粗末な宿屋での出来事だった。ライラが物憂げに窓の外を見つめていた。

「ううん、何でもないの、スウェイン」

 俺の言葉に向き直り、いつもの、太陽のような笑顔がこぼれる。
 ……いや、心なしか少し翳りが見えたが。慣れない旅暮らしで疲れているせいか……それとも……。

 俺とライラが、逃避行を始めて、もう一月が経つ。
 ライラはクレツェント王国の元王女だ。魔族であるこの俺が強引にこいつを攫って、その地位を……全てを捨てさせた。
 だが……普通の娘の格好をしても、その佇まいは、やはりどこか王族の気品を漂わせていた。16年、王女として生活していたのだ。捨てたとは言え染み付いた習慣は、そう簡単に忘れられるものではないだろう。

 そう……忘れられるものじゃない……。

「ライラ。お前……後悔しているのか?」
「え……?」

 俺は窓辺の椅子に座っているライラの前でしゃがみ、顔を覗き込むようにして尋ねた。
 不意の質問に、ライラは大きな目をさらに大きく見開いた。

「後悔って……?」
「全てを捨て、俺と共に来たことを……」

 ライラには婚約者がいた。将来、女王になることも約束されていた。そんな人物を攫えば、当然、王女を取り戻そうとする城の追っ手から逃げ続けなければならない。
 王女として生まれた宿命も、女王になる運命も、ライラ自身が望んだわけではない。
 それでも、何不自由ない王宮の生活と、追われ続ける旅暮らしと……比べてどちらが良い暮らしかは明白だった。

 しばしの沈黙。
 それは時間にして刹那だろう。
 だが、こんなにも長いと感じる刹那など今までになかった。そして、こんなにも恐れを抱いたのは……。
 ライラの、一瞬の翳りの正体を、知りたいような知りたくないような。
 人間を歯牙にもかけなかった魔族のこの俺が、一人の女の前でひざまづいて、なんという情けない姿だろう。
 けれど、今の俺はそんなこと構わなかった。そんなことより、ライラの気持ちの方が何より重い。

 ……長いようで短い沈黙の後、ライラはゆっくりと口を開いた。

「後悔なんてしてないわ。私が生まれて初めて……『王女』としてじゃなく『私』として選んだ道だもの。ただ……」
「ただ?」

 ライラの……美しい紫水晶(アメシスト)の瞳に影が差す。

「ただ……私が『王女』だったばっかりに逃げ続けなければいけなくなって……あなたが後悔してるんじゃないかって……」
「バカだな……」

 俺はため息混じりに苦笑した。それは同時に安堵だった。ライラの言葉で、俺の中の不安や恐れは一掃された。
 だから、今度は俺の番だ。

 攫ったときと同じように、強引にライラを抱き寄せて、耳元で囁く。

「俺には後悔することなど何も無い。お前という光を失うこと以外はな……」

 俺の言葉を聞いてライラは顔を上げた。キラキラと輝く太陽のような笑顔で。
 もう、翳りはなかった。



 END





↑TOP

著者・観月のコメント

 「口説き文句バトン」エピソード第4弾。

 ドラマCD外伝〜光と闇の邂逅〜のスウェイン×ライラという王道カップル。闇使いの魔族・スウェインがライラ王女を攫って、愛の逃避行中の一コマです。
 冒頭に、スウェインの語りを加筆しました。
 リュート×ティリスと違って、しっかり気持ちを確かめ合った恋人同士(もう夫婦?)だから、このカップルが一番ラブラブ指数が高いねw
 情けないくらいライラに溺れちゃってるスウェインが可愛い♪
 リュートの父親スウェインは、照れ屋の息子とは違って、臆面も無く愛のセリフを言ってしまえる情熱的な人です。
 だから私は、「風のリュート」キャラで恋人にするなら、絶対スウェインがいい!w

NOVEL PAGEへ

↑TOP
COPYRIGHT (C) 2008 風のリュート All rights reserved. Illustration by Studio Blue Moon