『仮面舞踏会の夜』後編

著・氷高颯矢





 〜2日後〜

 アルヴェルティ邸にはたくさんの人たちが詰めかけた。
 舞踏会にやってきた人達は皆、仮面をつける。仮面舞踏会だ。
 色とりどりのドレスとマスクのおかげで夜なのに華やかで明るい。
 フレットの隣にはティリスがいた。

「どうして仮面舞踏会なんかにしたんですか?」
「それは…僕が他の人に紛れられるかと…」
「でも、それじゃあ相手の方も埋もれちゃいますよ?」
「確かに、そうだよね…」

 ため息をつくフレット。その頃、入り口では――。





「それでは、中へどうぞ…」
「行きましょう、イオニア」

 純白のドレスを着たエオリアが妹に声をかける。

「どうかしたのか?」
「…先に行ってて。ちょっと解れがあるみたいだから直してくよ。それと、渡しそびれてた。これ、お姉ちゃん用のピアス」

 イオニアは左右のデザインの違うピアスを渡す。

「これ…」
「おまじないよ。幸せになれる、ね?」

 イオニアはニッコリと微笑う。

「リュート、お姉ちゃんをお願い」
「ああ…」

 イオニアは二人が奥のホールに入ったのを確認すると、外へ出た。

「これでいい。いいんだよね…?」



 ホールに入ると、皆が仮面をつけている。入り口で渡されるのだ。
 リュートとて、それは例外ではない。

「イオニアが心配だわ…何をしているのかしら?」
「そうだな…」

 周りを見回して、ふと気が付く。

「あれは…」
「どうかした?」

 空色の髪、それは見間違える事はない目印。

「連れを発見した」
「じゃあ、迎えに行ってあげなくちゃ」

 エオリアと共に人の波を越えていく。
 音に合わせてステップを踏む。エオリアのリードで泳ぐように。

「そう、素晴らしい足さばきね」
「どうしてこんなややこしい事を…」
「貴方のお姫様の為に予行演習よ。それに、踊っている人達の間をズカズカと進んでいくのは無粋よ」

 波間に揺れる月のように、空色の髪がゆらゆらと映る。
 なかなか辿り着けないもどかしい気持ちをわずかでも見せまいとする。
 だが、優雅に微笑むエオリアには全て見透かされているような気がした。

「さぁ、到着よ。いってらっしゃい」

 スッと手が放される。
 リュートは仮面を外し、ティリスの前にゆっくりと進み出た。

「『馬子にも衣装というヤツだな』…って言うつもりでしょ?」
「いや、見違えた…似合っている」
「えっ?」
「…思ったよりは、な。だが折角だ。――俺と踊らないか?ティリス」

 手を差し出す。
 ティリスはボーっとしていたが、ハッと我に返り赤くなった。

「――よろこんで!」

 そんな二人を見て、エオリアは微笑ましく思った。

「…あの」
「えっ?」

 エオリアの目の前には銀髪の青年・フレットが居た。

「そのピアス…どこで手に入れたのですか?」

 真剣な表情。このピアスに、何か重大な秘密でもあるというのか?

「これが何か?」

 エオリアは仮面を外してやる。そこに現れたのは――。

「君、君は…いや、違う。顔も、声も、ピアスもあるのに、君だけがいない…?」

 フレットは自分が何を言っているのか解らなくなってきた。
 目の前に居るのは自分の好きな少女そのもの。
 また会う時の目印にと片方だけ交換したピアス。
 それなのに、心が全く震えない。

「おまじないなんて、上手く言ったものね。これは、私の双子の妹のものなの。私に、貴方を引き合わせるつもりだったみたいね」
「じゃあ、彼女は――?」
「ここまでは来たの。でも、きっと中には入ってこないつもりみたいね。目印のピアスはなくてもあの子だけの目印があるでしょ?」

 フレットは急に思い出した。
 そして、エオリアに一礼するとホールを飛び出した。

「…妹を、幸せにしてね」





 庭に出た。とにかく走った。
 緑の垣根で造られた小さな迷路を抜け、噴水のある方へ。

「♪あの子は言う、水の中の月が欲しいの。それは夢のお話――」

 噴水の縁の上を歩きながら詩を詠う。黒いドレスに短い髪の少女。

「君を…ずっと君を探してた!」
「…フレット」

 イオニアはその名を口にする。
 月の光の下でも、彼女の瞳は二つの光を放つ。
 青と緑、左右の瞳の色が違う。
 それこそが、イオニアだけの持つ目印だった。

「誰よりも、君を愛すると誓うよ。君を見失っても、何度でも探して見つけ出すから…」
「でも、私…きゃっ!」

 イオニアは噴水の中に落ちてしまう。

「大丈夫?」

 フレットが手を伸べる。初めて会った日も、こうして手を差し出された。
 あれは、二人きりになった自分とエオリアを別々に引き取ろうとした親戚に反抗して家を飛び出した日。
 家に帰ったら、エオリアが親戚を追い返して、これからは二人で生きようと言ってくれた。
 そして、今日は――。

「…私、私なんかでいいの?」
「もちろん!僕は水の中の月よりも、水に落ちた貴方の方が欲しい…」

 手をとると引き上げられ、そのまま互いの唇を合わせた。





「ねぇ、リュート」
「何だ?」
「この間はごめんなさい…」

 軽快な音楽が緩やかに変わった。胸に寄り添うような格好で踊る。

「もういい、それより…」
「それより?」

 実は遠目にフレットと仲良く話をしているのをリュートは見ていた。
 フレットの事を聞こうか迷った。

「さっき隣に居た――」
「フレット?彼なら何でもない、ただの友達。違うな。あたしが彼の恋の相談相手だったの」
「お前が相談相手?」
「そう。だから、安心して良いよ?」

 不意を突かれた。一瞬、頬に朱が走る。

「…ただ気になっただけだ。お前は誰でもすぐに信用するからな」
「でも気になったんでしょ?いいもん。勝手に自惚れちゃうから」

 音楽がやんでも、二人はしばらく寄り添ったまま動かなかった。
 互いの体温を懐かしいと確認するかのように…。





 次の日、善は急げとばかりに、フレットとイオニアの結婚式が行われた。

「二人はお互いを尊敬し、愛し合う事を誓いますか?」
「「誓います」」

 教会の鐘が鳴り、新郎と新婦が出てきた。

「綺麗だね、イオニア…さんだっけ?」
「…そうだな」

 リュートは逆光に目を細めながら、二人を見た。

「ティリスちゃん。良い作戦があるの」

 エオリアがティリスの耳元で何かを話す。

「花嫁のブーケよ!」
「欲しい!」

 ブーケを受け取ったら次の花嫁になれるという。
 おかげで参列した女性陣は皆、密かに燃えていた。

「行くよ〜!」
(受け取って、お姉ちゃん!)

 エオリアに向けて投げる。すると、エオリアは直前でスッと避けた。

「――!」

 そして、それを受け取ったのはもちろんティリスだ。

「だって、好きな相手もいないのに、そんなの貰っても仕方がないわ」

 ――とはエオリアの言い分。
 ブーケを受け取ったティリスは大喜びだ。

「次に花嫁になれるんだって、あたし…」

 にっこりとリュートに向かって笑う。
 リュートは少し困った表情をしたが、ティリスは心の中でこう呟いた。

(もっと先でも、いつかで良いから…あたしの事、幸せにしてよね、リュート…)



 END




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著者コメント

 単に、舞踏会で踊るリュートとティリスを書きたかっただけです。
 あと、ティリスがブーケを受け取る所と。
 個人的にはエオリア姉さんが良い味だしてるかな?と。
 フレットは当初よりもずっと情けない男で、イオニアは彼のどこが好きなのか理解できません。むしろ、リュートを好きになろうよくらいに思ってました。実はね。
 あと、リュートがイオニアに行った毒蛇に噛まれた時の処置は間違っています。でも、あえてそう書きました。
 中世では血清とかそうそう手に入るものじゃなかったろうし、医療技術も未熟なはず!
 という事で、原始的な方法にしたのです。


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原作者コメント

 サイト開設記念に、部活仲間の氷高颯矢ちゃんがプレゼントしてくれました。
 いや……もう! ラブラブ過ぎ!! 一人でニヤニヤしながら読みましたよ(笑)。
 私が描くよりラブラブなのでどうしましょう。
 颯矢ちゃんが書くリュートは、やたら女に甘い(弱い?)、キザな男のような気がします。でも、そのキザさが私は非常に好きだったり(笑)。
 気になったのは、仮面舞踏会のとき、リュートは何を着てるの? タキシード? 似合わなさそ〜(笑)。
 二人の踊ってる姿を、イラストに描きたくなりました
 とっても萌えな小説をありがとう颯矢ちゃん♪


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